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がん医療フォーラム 香川 2018 がんになっても幸せに暮らそう~ちゃんと決めまい自分のこと~
【第2部 フォーラム】がんになっても幸せに暮らすための準備

乳がん患者におけるACPの実際
吉澤 潔さん(久米川病院 院長)

吉澤 潔さん写真
吉澤 潔さん

Advance Care Planningとは

本日のテーマは「乳がん患者のACPの実際」ということで、Advance Care Planningについてまず説明させていただきます。ACPのAはAdvanceの略です。Advancedと”ed”が付くと「進行した」という意味ですが、Advanceは「前もって」となります。Advance Care Planningというのは「前もって行うケアの計画」という意味です。「これから先、どのような治療をしようか」などを患者さんと一緒に話し合っておくという、話し合いの過程のことをACPと言います。2018年4月の診療報酬改定でも盛り込まれました。

若い世代に患う乳がんの現状と課題

乳がんでのACPは、ほかの種類のがんとは違う点があります。乳がんについて、映画やドラマで扱われることがあります。乳がんは就職や結婚や出産、育児など女性にとって大きなライフイベントの時期にあたる若い年代で起こる人の多いがんです。
罹患率(がんを発症する人の割合)は女性では乳がんが最多で、毎年9万人が乳がんと診断されています。しかし、死亡者数は1万4千人でトップではありません。罹る人は多い一方、亡くなる人はそれほど多くはない。ということは、年々乳がんと向き合う患者さんが増えていると言えます。

乳がん患者における意思決定支援の実際

「意思決定支援」とは、ACP(Advance Care Planning)の医療者側からの視点です。患者さんが「これからどうするか」、その意思を決めるのを医療者が支援するわけです。乳がんの患者さんにはACPにおいてどういう特徴があるかということをお話ししたいと思います。罹患年齢が若いということで「妊孕性(にんようせい)」の課題があります。赤ちゃんを産みたいという、と望む患者さんは大勢います。がんに対する化学療法の影響による卵巣の機能障害によって、妊娠が難しい状態になりえます。こうしたことをどう防ぐか、あるいは受け入れるのか。それから「整容性」。乳房を失いたくない、治療によって胸をどうするか、温存するか、切除するか、手術後に乳房再建するか、いろいろな考え方があります。乳がんにかかることが多い40歳代から50歳代は、子育て、介護、家庭、職業、闘病、そういったものを同時進行で全部抱え込まなくちゃいけないことがあります。そのときにどう医療者が支えてあげられるか。

乳がんは病歴(経過)の長い病気です。5年生存率ではなく、10年生存率で考えることになっています。そのあとで再発する方もいらっしゃいます。乳がんには後で述べるように生物学的なサブタイプといって、手術でがんの細胞をとった時点で、いくつかの種類に分けることができます。そこである程度予後(病状の見通し)を推測できます。それに対して抗がん剤治療、ホルモン療法、分子標的治療などを選択していきます。分子標的治療薬をはじめとして新しい薬も開発されてきています。ですので、緩和ケア主体の医療やケアを行っている段階であっても、「新しい薬がでてきて、効くかもしれません」と言われると、End of Life、人生の終わりをここにしよういう考えが、ぐらつくこともあります。判断が非常に難しいのが乳がんであるということが言えます。

最後にお話しするのが「家族集積性」。HBOC(遺伝性乳がん・卵巣がん症候群)といって、BRCA1BRCA2の遺伝子を持っている人は、高頻度で乳がんになりやすい、あるいは卵巣がんになりやすいことが明らかになってきました。米国の女優のアンジェリーナ・ジョリーさんは予防的な乳腺と卵巣切除を受けています。こうした場合、遺伝カウンセリングが必須になってきます。治療の効果を予測するためにがんの遺伝子を調べることに対して、家族集積性のがんを調べるための検査を行うかどうか、子孫を含めて影響がありますので慎重な判断が必要です。

乳がん治療の考え方

乳がんの生物学的なサブタイプですが、がんの組織を調べることで、ルミナルAとルミナルB、HER2型、トリプルネガティブに分けられます。がん細胞に女性ホルモンに対するエストロゲン受容体とプロゲステロン受容体があるかどうか。HER2のタンパクが陽性かどうか。こうした検査の組み合わせで、治療の方針や予後が変わってきます。ホルモン治療がよいか、分子標的治療が適しているか、化学療法がよいか、治療法を選ぶ上で検査の結果によって効果が予測できるということは、治療方針を考える上で参考になります。

手術の前に抗がん剤治療を行う場合や、手術に引き続いて術後化学療法を行う場合、あるいはホルモン治療や放射線治療を行うこともあります。ところが残念ながら再発してしまうことがあります。再発や転移があるがんの場合には、1番目、2番目、3番目と順に治療をしますが、治療の目標はCureではなくCareになります。Advance “Care” Planningとなりますと、この段階からこれからの話し合いを始めましょうということになります。緩和ケアは「がんと診断されたその日から始まります」というのがキャッチフレーズですから、治癒を目指している段階でもすでに緩和ケアは行われていますが、Advance Care PlanningというのはCareに切り替わったあたりから始まると考えていいと思います。
講演の様子写真
講演の様子

乳がん患者さんのACPを考える

ACPが日常の診療においては普通の状況になってきたときに、改めて考えると別の側面が出てくることがあります。こうした症例についてご紹介したいと思います。

20歳代と若い方で、出産と同時に乳がんが見つかりました。左乳房にしこりができ、精密検査で乳がんと診断されました。乳房の温存手術をしました。腋の下のリンパ節切除をしたんですが、ここに転移がありました。術後補助化学療法とホルモン療法をやりました。その後の経過ですが、残念ながら2年後に骨に転移が見つかりました。その当時は骨に転移があると、予後は2年以内と思われました。そのことも患者さんにお話しし、患者さんはそのことを受け入れてくれまして、多剤併用化学療法を行いました。その後の脳への転移には放射線治療と髄注(脳脊髄液の中に抗がん剤を注入する治療)を、肺や肝臓への転移には化学療法を行いましたが、転移が増悪して、8年の経過でとうとうお亡くなりになりました。

これからお話しするのは、亡くなる前の時期の、看護師さんとご家族の話し合い、あるいは私たちが接したときのことです。「咳止めの注射をお願いします。」とお母さんが言ってくるんですね。「咳き込んでしんどそうでかわいそうです」と。「本人も『よく頑張った』と自分で言っているんです」と。最後の入院の時です。お母さんは泣きながら訴えます。患者さんのご主人は傍で背中をさすっている。お母さんは「見ていられない。寝させてあげてほしい。」と言われて、私どもに連絡が入りました。鎮静することで眠ることができますが、そのまま目が覚めないということもありえます。

医療スタッフと患者さんご本人との間では、最期にはこうしてあげるからねと話し合いができていたのですが、お母さんには、本人からは伝わってなかった。改めてお母さんにお話ししますと、お母さんは「一昨日はすごくしんどそうで、私も見ていられなかった。10分ごとに何回も起きて、『私はいつまで我慢したらいいの?』って聞くんです。今まで長いことよく頑張ってきたと思います。少しでも楽に過ごせたらいいと思います。先生からお薬のことも聞きました。主人は『まだもう少し待ってほしい』という気持ちがあると、さっき一緒に話しました。主人の話も聞いてもらえますか?」主人と言うのは患者さんのご主人です。
ご主人からは、「子ども(その頃8歳くらいでしょうか)が今来ていると、頭をなでたりしてまだわかっているし、ずっと寝かせてしまうのは辛いところもあるんです。子どももまだ理解できていないし。」「本人が一番楽に過ごせることを優先したけど、はじめからずっと寝かせてしまうのではなく、夜だけ一時的に薬を使うことはできませんか?それでもだめなら、ずっと使うということでも構わないです。」非常に気持ちが揺れているのが、ありありと分かります。ご主人としては、お話をしたいし、反応をみたい。だけど、楽にしてもあげたい。その両方に葛藤があったんですね。ご主人とご両親が鎮静について話し合いました。本人は一回も咳をせず、ウトウトしていると。ちょっと鎮静をしているんですね。メロンも4口摂取し、両手を合わせて「ごちそうさまでした。」とおっしゃいました。これが最後に食べた食べ物でした。

生きるを支える

看取りの時期ですが、咳嗽が強く、本人も苦しがり、家族もそれを見るのがつらい。鎮静を始めて、咳もなく、酸素濃度も安定しました。ただ、急変する可能性はあります。
急変の時は、DNAR、最近よく使われるのですが、Do Not Attempt Resuscitationといいまして、呼吸が止まりそうになっても、人工呼吸したり、挿管したり、そういうことは止めましょうと、申し合わせができていました。

ご家族と話し合いました。「鎮静剤の量は減らさないでください。それを開始するときに、もう咳が出たりつらい思いはさせないって、この娘と約束したんです。この娘も眠らせてほしいと言っていました。これはもう家族の総意です。」と。やっとここに来て家族が一つにまとまったようです。最期はご家族みんなに看取られて亡くなられました。「長い間ありがとうございました。娘は育児と闘病にすべてをかけて、精一杯生きたと思います。元気だった間に家を建て、引っ越しする頃に再発がわかりました。もっとゆっくり住ませてやりたかった。」というお母さんの気持ちですね。「最後の入院の直前に(本人の)夫に遺書のようなものを渡していました。子供が大学に入るまでの学資用にと貯金通帳が添えてありました。抗がん剤を打ちながら仕事を辞めなかったのはそのためなんです。」
何十コースも患者さんがどうしても抗がん剤をやってほしいと言ったのは、少しでも時間を延ばして、その間に子供のための資金を貯めておきたかった。職場には迷惑をかけるけれども、元気だったら、出て行ってやりたい。お金を少しでも貯めて、亡くなる時にご主人に託して亡くなった。壮絶な、子育てと女性としての一生を全うされたんです。

最近こういう歌を目にすることができたんですが、広島の女子大学生が書いた短歌です。「我を知る生者がすべて尽きたとき 死者のわたしに死がやって来る」(UCカード会員誌「てんとう虫」2017年7/8月号「短歌倶楽部」より)。これがAdvance Care Planningの神髄じゃないかと思いました。
亡くなった人を知っているお母さんやご主人やお子さん、患者さんのことを知るすべての人が亡くなったときに初めて、既に死んだはずの人が本当の死を迎える、ということです。逆に言うと、「私を知っている人が生きている限り、私はその人の心の中で生きている」。亡くなるときに、どういうかたちで亡くなったかということが、この患者さんの気持ちの支えになりますし、亡くなった人を思い起こすものにもなるということで、ACPは亡くなった人の死に様というのを、より良いものにしてあげられる、そのための方策・手段がACPではないかという見方です。この歌を知って、この患者さんのことをもう一度考えてみることができました。メキシコには、「死者の日」というのがあるそうで、亡くなった人を思い出す日というのが年に一度あるそうです。そういう考え方を持っている民族、人達もいると。ACPというのは、非常に大事であるということを痛感しています。

掲載日:2018年5月21日
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