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がん医療フォーラム 2018 がんを知り、がんと共に生きる社会へ
【第1部】基調講演「地域とつなぐ、社会とつながる」
がん患者さんとご家族を支える地域づくり~様々な連携から生まれる住みやすさ~

長瀬 慈村さん(柏市医師会 副会長)
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長瀬 慈村さん
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柏市における地域づくりのモデル

皆さま、こんにちは。私は、柏市医師会で副会長をしています長瀬と申します。「がん患者さんとご家族を支える地域づくり」について、お話しさせていただきます。どのような仕事でも、同業者とか関係多職種の方々と連携を図って協働していくことが質の高い結果につながることだと思っています。地域づくりにも、きっと同じことが言えると思います。そこで少し、柏市について紹介させていただきます。何で柏市なのかと思われるでしょうが、柏というのは、非常にいろんな要素が集まった小さな国のようになっており、一つのモデルになりやすい地域だと思っています。

柏市の医療の状況

柏市は、都心から電車で30分ほどのところ、鉄道と幹線道路が発達し、人口42万人あまりの中核都市です。医療資源としては、がん診療連携拠点病院の国立がん研究センター東病院と、東京慈恵会医科大学附属柏病院があり、その他の中核病院や診療所も、バランス良くそろった地域です。人口10万人当たりの医師数は215名であり、全国平均の234人と千葉県平均の183人の間にあります。実際は、広域医療圏に対応する2つの病院があるので、市における医師数としては少ない状況といえます。そして、在宅医療と地域包括ケアシステムのモデルとなっている「柏プロジェクト」というものがあります。その舞台となっている豊四季台団地というところが、超高齢化社会の将来像といえる地域になっています。私は柏市で乳腺専門のクリニックを開業しました。そのときに感じたのは、乳腺診療に必要な医療資源は必要最低限に存在しているけれども、それぞれがばらばらで、システムとしては機能していないのでは、ということでした。

地域連携システムの必要性

ここで、少し自分の話をさせてください。開業する前に、大学病院で働いていたときには、乳腺診療というピラミッドの、頂点を高める努力をしていると自覚していました。それが、開業するときに仲間の医師から、「これからはピラミッドの底辺を支える努力をしろ」と言われました。「それは何ですか」と聞いたら、医師会の仕事をしたらいい、とのことでした。開業して間もなく、乳がん検診にマンモグラフィの導入が進められたことから、その確立が必要ということで、医師会理事へのお誘いがあり、理事を10年やりました。その後、副会長を引き受け現在に至ります。

ピラミッドの話に戻ります。このピラミッドの中に問題点を記載していますが、解決策はその中から見えてくると思います。頂点である3次医療機関では、患者さんの集中により、必要な治療が遅れたり、混雑が生じたりしています。2次医療機関では、医療の質の維持が、1次医療機関では、検診や初期診療の方法や質の違いが問題となります。医療を利用する市民にとっては、多くの情報はあるものの、自分にとって最良の選択ができずにいる人が多いように感じています。 これらの問題点の改善策として、医療機関においては、それぞれの連携と質を高め、顔をつないでいく勉強会が大切です。市民への対応としては、地域連携システムの整備と情報発信や啓発が大事だと感じました。

私見ですが、「医療資源の役割」について考えてみます。がんセンターや大学病院のような大きな専門病院は、高度な医療の提供と研究教育が役割であり、EBM(科学的根拠に基づく医療)を基本として、さらに新しいエビデンスをつくっていくことが重要だと思います。しかし、私たちを含めた専門のクリニックの役割というのは、どちらかというと医療施設の機能に合わせた診療ではなく、EBMを目指しつつも、患者さんとご家族の価値観や環境に合わせたNBM(Narrative Based Medicine:物語と対話に基づく医療:個々の症例の背景を理解した全人的アプローチ)を行うことなのではないかと思っています。そして、地域の医師会の役割は、より医療の環境を整えるために、各職種をつなぎ合わせるのりのような働きをすることかなと思っております。

柏市のがん対策の取り組み

次に、柏市でのがん対策の取り組みについてお話します。柏市は、平成20(2008)年に中核市に移行しました。平成23(2011)年度には、行政と医師会、がん診療連携拠点病院と市民が協力して、相談や支援の情報を掲載した、「柏市民のためのがんサポートハンドブック」外部リンクというものをつくりました。ここには、相談場所や在宅医療を含む生活支援、就労支援や経済的な支援、それから緩和ケア、患者会のことなど、さまざまな情報が記載されています。特に就労支援、緩和ケアについては、がん相談支援センターの相談員や、がん患者さんのご家族のコラムなどを加え、親しみやすく分かりやすい冊子となっています。

緩和ケアの受け入れ体制イメージです。国立がん研究センター東病院では、他の病院で治療された方の受け入れは難しいのですが、困難症例への協力やアドバイスは受けられるようになっています。市内の一般病院に2カ所の緩和ケア病棟があり、行政、医師会などで推進している在宅医療機関と、バックアップする病院が連携して患者さんを受け入れています。また、一度施設を選んだら変えられないのではなく、合わなかったときには別の施設への移行などの調整を可能にしています。

がんになってもこれまでどおりの生活を維持する環境づくり

2人から3人に1人ががんとなる時代と、お話がありました。現在では、がんになっても仕事を続け、できる限りこれまでどおりの生活をしていくことが求められています。患者さんやご家族、医療機関、企業、労働関係機関が、連携・情報を共有して、地域差のない就労支援を進めていこうとしているところですが、実際は、がんになっても働き続ける環境にはまだないという意見が3分の2を占めていることから、まだまだ努力が必要なようです。

がん患者の就労支援に関する事業所実態調査

そこで、国立がん研究センター東病院のがん相談支援センターの坂本はと恵さんよりご提供いただいたアンケート結果をもとにお話しします。このアンケートは、千葉県内の575事業所が、がん患者さんの就労に関してお答えくださったものです。回答された事業所の約70%は、従業員が50人未満の事業所で、実際にがんになった職員は、回答した全事業所の約40%にみられたということです。「代替要員の確保が難しい」「病気や治療に関する見通しが分からない」「復職可否の判断が難しい」など、職員ががんになると、さまざまな点で苦慮したとのことでした。
この結果から、事業所と医療施設の連携が取れることで、もっと良い解決が可能だったかもしれないということが分かります。がんセンターでは、今後、事業所と医療機関での情報共有シートや、患者さんや職場関係者向けリーフレットの作成が必要であると考えられています。また、がん患者さんへ就労についての声掛けをするタイミングについても、がんセンター内で検討がされており、結論として、できるだけ早いタイミングで相談に乗ることが、仕事を続けていくために大切だということでした。

柏市における地域包括ケアシステム構築の経緯

柏市では超高齢化社会に向けて、国が推進する在宅医療を含む地域包括ケアシステムを地域モデルとして進めて、先進的な体制を整備してきました。がん対策と在宅医療推進事業を合わせたかたちでつくり上げた、がん緩和ケアの受け入れ体制、というものがあります。医師会が主体となって出資・建設し市に寄贈した施設「柏地域医療連携センター」の中に配置された柏市の地域医療連携課が、案内・相談・調整役として一元化した窓口となっています。
柏市における地域包括ケアシステム構築の経緯についてお話しします。平成21(2009)年度に、柏市・東京大学・UR都市機構の3者の協定で、「高齢社会におけるまちづくり」の取り組みが始まりました。22(2010)年度より、柏市医師会が柏プロジェクトに参画しました。2年間かけて在宅医療の勉強会を多く開き、関係者の知識と連携を深める基礎固めをしました。23(2011)年度には、介護予防にも取り組み、24(2012)年度には国が進める事業と柏市でつくり上げてきたシステムが合致していたために、当初から質の高い取り組みが開始できました。25(2013)年度には、取り組みデータの分析を行い、最終目的の確認と戦略の再考、実践を進め、26(2014)年度からは実働させて、普及定着を目標に進め、現在に至っています。

柏市の在宅医療・介護系多職種の連携体制

この柏市の在宅医療・介護系多職種の連携体制構築の推進力となったのが、「医療ワーキンググループ(WG)」「連携WG」「試行WG」「10病院会議」「顔の見える関係会議」の5つの会議です。この5つの会議によって、主治医―副主治医制をつくり、1人の患者さんを1人の医師が診るのではなく、在宅の医師と、もともと診ていた主治医がタッグを組んで診るようになりました。また、病院の支援体制を築いて、関係多職種連携のルールもつくり、連携強化を行ってきました。

この中の「顔の見える関係会議」は、年4回開催しており、これまでの参加者の総数は5,000名を超えています。毎回150名以上の参加があり、在宅医療関係多職種のほか、地域包括支援センターや介護老人福祉施設の職員、市民の代表者も加わって、どの立場の人も対等な関係で熱い話し合いをしています。行政がこれらの会議の事務局となり、まとめ、継続してきたことが、現在の盛り上がりにつながったのだと思っています。

在宅医療・介護多職種連携 柏モデル ガイドブック

これは、柏市の在宅医療・介護多職種連携のルールとなる、ガイドブックです(“柏モデル”について 柏市ウェブサイトより)外部リンク。柏地域医療連携センターには、市の職員が常駐しており、医療・福祉の情報発信や、相談支援、健康啓発の中心的役割を担う施設であるとともに、在宅医療の施策を担う拠点として、がん患者さんやご家族への対応もしています。すべての職種とつながる行政が窓口となることで、市民にとってより良い医療環境を探すことができ、便利になっています。例えば、患者さんが担当になった医療者と気が合わなかった場合、別の環境を改めて選ぶことが可能です。また、この行政窓口には、柏市の医師会と歯科医師会、薬剤師会の事務局もあり、行政が困ったときには積極的に協力・支援をしています。

地域包括ケアシステムの構築に向けて

厚生労働省は、超高齢化社会となる2025年を目途に、要介護状態となっても、住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるように、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される、地域包括ケアシステムの構築を目指しています。柏市では、医療・福祉の理想的な環境をつくるために、協議会で各団体の代表がルールを決め、施策に反映させています。このシステムは、世代を問わず必要となる社会の仕組みであり、がん対策でも役立つものだと思います。

がんの緩和ケアの役割と、正しい認識の必要性

最後に、がん緩和ケアについてお話します。がんの緩和ケアは終末期において大切なケアではありますが、本来は、がん診断のための検査を受けているときから必要なケアだと言われています。心のケアも含まれているわけです。そして、がんの状態にかかわらず、重い病気を抱える患者さんとその家族の、心と体のつらさを和らげ、より豊かな人生を送ることができるよう支えていくケアのことを示しています。ですが、まだ正しく知られていない状況です。

柏市での取り組みの成果では、柏市の自宅での看取り件数は、平成22(2010)年の100件から、26(2014)年では229件と倍増しており、柏市内にある医療機関での看取りも4倍になっています。疾患別では「がん」が最も多くを占めています。これまでの経験から、長期コントロール可能な患者さんでは、できる限りいつもどおりの生活をして通院で対処し、最後に短期間の入院で看取るのがいいと思っています。ですが、QOLが低下した患者さんでは、多角的な支援が必要ですので、緩和ケア病棟や在宅での多職種連携による看取りが選択肢の一つになると思います。

患者・家族・パートナーのケアと生活ニーズに幅広く対応できる体制づくり

まとめになります。がん診療に携わる医療者には、患者さんの心身のケア、家族のケア、広い意味での生活支援も含めて考え、対応することが必要となっています。がん患者さんが自分らしい人生を送り、生き抜くためには、看取りも含めて考え、計画しておくことも大切で、それを支える医療者や行政には、この点を配慮した体制づくりが望まれます。在宅や緩和ケア病棟での看取りを希望する方も増えており、本人の病状や状況の変化に合わせた対応、家族やパートナーの考え方への配慮も必要です。がん患者さんと家族を支える地域づくりには、行政を含む関係多職種が、顔の見える関係を築いて連携・協働することが大切です。そして、支援する側の都合で施すのではなく、支援を受ける側の状況に合わせた取り組みが重要になるのだと思います。

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掲載日:2019年5月7日
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