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気仙がんの在宅療養研修会 2016 岩手
【基調講演】「つたえる・つたわる」ができるために-在宅ケアの現場から

高橋 美保さん(ホームケアクリニックえん/北上市 看護師)
高橋 美保さんの写真
高橋 美保さん

ホームケアクリニックえん 在宅ケアの現状

岩手県北上市にある、ホームケアクリニックえんは訪問診療を専門に行うクリニックとして、医師1名、看護師1名、事務1名の3名で3年前に開業しました。少しずつスタッフが増えて現在看護師4名、事務2名、作業療法士と医療ソーシャルワーカー各1名で、現在は約120名の患者さんの在宅医療に対応しています。

開業から3年間で443名の方に関わらせていただき、このうち3割ががん患者さんです。この期間に看取らせていただいた230名の約半数ががんの方で、老衰の方も3割弱いらっしゃいました。北上市ではがん患者さんを在宅で看取っている割合が19.5%、施設が5.0%となっています。施設は特養や老健だけでなく最近、有料老人ホームやサービス付高齢者住宅、グループハウスなども入ってきており、こうした施設も含めて在宅で看取らせていただくケースが多くなっていました。

当院では平成25、26年度に在宅で看取らせていただいた患者さん107名の6割ほどががん患者さんです。従来は患者さんの介護者として、ご家族がいらっしゃることが多かったのですが、看取らせていただいたがん患者さんのうち10名が独居であり、認知症を合併していて症状をうまく伝えられない方が14名、自分の配偶者や親、子供の介護をする立場にあった方が9名でした。介護者ががんになると、介護している人を残していかなければならないつらさと、自分の体のつらさの両方を抱えている人が増えてきていると感じます。

当院において訪問診療をする患者さんはがんの告知のある方が9割、告知を希望されない方は1割です。訪問開始から看取りまでの期間は3カ月以内が8割を超えています。

北上市の在宅医療資源

北上市内には在宅療養支援診療所が10カ所あります。訪問患者数が100人以上のクリニックが当院の他に1カ所ありますが、その他は自院に通院している患者さんを数名診療している診療所がほとんどです。訪問看護ステーションは4カ所、すべて24時間体制であり、がん末期の方に対応できています。とても頼りがいがあるステーションさんが地域にあることは救いだと思っています。

市内に44ある薬局のうち訪問調剤・指導をしてくださる薬局が33カ所。43の歯科医院のうち36カ所が訪問歯科をやっています。どこにお願いするかは地域性もありますし、患者さんがもともとかかっていた薬局、歯科医師というかたちで、それぞれの患者さんごとにチームを組む体制ができています。

希望の場所で最期を過ごす

当院では訪問開始時に、患者さんご家族さんへ診療の説明をする際、「今後状態が落ちてきたときや、食事が食べられなくなったらどうして欲しいか?どこで過ごしたいか?その時点での希望を伺っています。グループホームやサービス付高齢者専用住宅も含めた施設で過ごしたいという方は全員がその施設で最期を迎えました。自宅での最期を希望した方たちも9割は自宅で亡くなられ、「最期は病院」と希望した方のうち、6割は自宅で最後を迎えています。訪問開始時には「決められない」という方たちは、半数が自宅、半数が病院で最期を迎えられました。

北上は東西に長く、街中もあれば、谷あいで車も救急車も入らない、歩いて谷を降りなければならない家もあります。どこで過ごしていても、望む場所で生活している方へ関わることを大事にしています。

希望の場所-それぞれの思い

最期を過ごしたいと希望される場所にはどのような思いがあるのか、事例から考えていきたいと思います。

Aさんは70代の女性で直腸がん。数年前にがんの夫を自宅で看取り独居でしたが、化学療法をしていました。いよいよ一人で通院できなくなって、当クリニックに相談にいらっしゃいました。夫を看取った自宅で、自分も逝きたいという希望でした。

山間の家で「庭を見ながら染色や機織りをしたい」というAさんは骨転移で下肢麻痺があり、肺転移のために在宅酸素を使っていました。痛みが強くなり、薬をのむのが困難になったために、モルヒネの持続皮下注(PCA:患者さん自身で痛みに応じて鎮痛剤を投与できる機器)をご自身が痛みのひどいときにコントロールしながら過ごされていました。人工肛門、膀胱留置カテーテルを挿入しながらの一人暮らしで、義姉の協力もあり、朝昼晩の食事時間にヘルパーさんが関わり、毎日訪問看護師さんが症状コントロールの支援に入っていました。訪問診療は週1回でしたが必要時往診に入り、訪問調剤の薬剤師さんにも関わっていただきました。お別れ後は、自宅を染色や機織りの道具を地域のみなさんが自由に使えるような、公民館的に使ってほしいというお話をしておりました。

自宅で過ごすことを希望していたAさんですが、希望時は地域のケア病棟に入院できるバックアップ体制がある中で、最期をご自宅で過ごされました。

Bさんは胆管がんの末期の60代男性で奥さん、お子さんと3人暮らし。多発肝腫瘍でドレーン(胆汁を体外に排出する細いチューブ)が入っている方です。ドレーンが4本、在宅中心静脈栄養もあり、自宅への退院は困難と思われていましたが、ご本人の強い希望で退院。訪問看護師が毎日入りました。Bさんは昼間点滴を外して自由に動き、夜だけ中心静脈栄養を行っていました。この方は自分に残された時間がわかっていらっしゃり、奥さんに「あと一週間だけ我慢してくれ」「あと三日」と言われて、ご自身の予告された日にお別れしました。お別れした後、奥さんは「今まで言われたことはなかったのに、お別れのときに”ありがとう”と言ってくれたことが、これが、今生きる支えになっています」とお話しくださいました。

Cさんは80代の女性、S字結腸がん。稲作農家で、ご主人は20年前から脊髄損傷で全介助状態でした。子どもさんは別居しており、Cさんは田んぼをしながらご主人の介護をしてきました。Cさんの発病で介護ができなくなり、隣市のサービス付高齢者専用住宅にご夫婦で入居されました。ご自身も腹膜炎、腹水貯留の状態ではありましたが、ご主人の主治医と訪問看護師、ヘルパーと、Cさんのヘルパー、看護師のそれぞれのチームが動きながら、全体としてこのご夫婦を支えるというかたちでケアを提供していました。この方は「夫を残していけない」と最期までお話ししていました。Cさんがお別れした翌日にはご主人もお別れとなりました。

療養の場に子ども、孫世代の関わりを

患者さんたちと関わっていく中で、お子さんやお孫さんに介護・療養の場に一緒にいてもらうことはとても大事だと感じています。脳腫瘍の患者さんのケアを最期まで手伝ってくれた小学校低学年のお孫さんは、亡くなられた後におばあちゃんの棺に手紙を入れました。「二年間がんばったね。さみしいよ。もどってきてほしい…。ゆめの中でまた会えるといいなぁ。だって一番大好きだったから。また家で少しだけすがたをみせてください。安心するので」と書いていました。こうして一緒に療養を過ごした子どもたちが成長し、おうちで、また地域でどのようなかたちで在宅療養に関わってくれるのか楽しみでもあります。

子どもの頃から人の死を見たことのない今の60代、70代の方たちには、人が死ぬということを受け入れられなくて苦しまれている方がたくさんいらっしゃいます。子どものうちから人の死について一緒に考える機会をたくさん持っていく必要があると実感しています。

大事な思いを「つたえる・つたわる」ために

それぞれの大事にしていることが、どうしたら伝わるのだろうか、何が必要なのだろうかと考えます。ご家族だけでなく施設の職員やケアマネジャーなど、いろいろな方たちが患者さんに関わっています。こういう症状が出たら、こんなつらさがでたら、こうすると楽になる、この薬をレスキュー(突発性の強い痛みに対して即効性の薬剤を使うこと)として使うと楽になるということが、医療者だけでなく関わっている方たちがみんなで共有していく。患者さんの症状を緩和できると、思いを伝えられる場面がたくさん出てくるので、一緒に実現したいと思っています。

関係するご家族、スタッフとの情報共有・連携するシステムはファックス、メール、電話、いろいろな手段があります。関わる方たちに合わせたかたちでチームごとに情報共有をしていく、「場」をつくることも大事です。

ここにお集まりのみなさんは、患者さんやご家族との関わりが密になればなるほど、患者さんとのお別れでつらい思いをされていると思われます。関わった方たち、それ以外の方たちとも思いを共有しながら、自分たちも癒されていかないと次の患者さんに向き合えないです。ケアする人のケアも大事だと感じています。

私たちは医療だけでなく多職種と連携し、それぞれが得た情報をチームで共有して、どうしたらもっと楽になるかといったことを相談しながらやっていくことが重要だと、この「ご家族のための がん患者さんとご家族をつなぐ在宅療養ガイド」にも書かれています。私たちが支える患者さんがご自宅に帰られて、どんなつらい状況があったとしても、どんなに症状が大変であったとしても、少しでも笑える時間があったらいい。それをご自宅で、地域の中で実現していければいいなと思っています。

在宅療養を支える地域づくりに向けて

日本人の2人に1人ががんになる時代、私たちが関わっている患者さんだけでなく、がんの治療を受けながら仕事を継続している多職種も多くいらっしゃいます。また多職種のご家族にも治療されている方がいらっしゃいます。つらさを軽減できる知識と技術は研修会といった場で共有されるだけでなく、何か困った時に地域の中でいつでも聞けるような関係性をつくっていく必要があると思います。

そのために多職種交流の場として隔月で「ケア・カフェきたかみ」を開催しています。また市民の方たちが地域づくりの場として始めた「タウンラボきたかみ」に住民として参加させていただき、その中でみなさんからの相談を受けたり、逆に困ったことを気軽に相談したりできるような関係性をつくっていきたいと思います。

地域で患者さんがそれぞれ望む場所、病院であれ、ご自宅あるいは施設であれ、その場所で療養できる地域づくりを、みなさんと一緒に考えていける関係づくりができることを願っています。

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掲載日:2016年7月19日
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